4人になってからの最初のアルバムだけど、この頃はけっこう遊ばせてもらったね。ビデオも作ったし、“イヤー・ブック”なんかも作ったし。でもこの「The Best Year of My Life」……もう一枚同じタイトルで作ろうと思って、それで完結する予定だった。だから最初のアルバムは、ジャケットには書いてないかもしれないけど、本当は『The Best Year of My Life “グリーン・アルバ ...
4人になってからの最初のアルバムだけど、この頃はけっこう遊ばせてもらったね。ビデオも作ったし、“イヤー・ブック”なんかも作ったし。でもこの「The Best Year of My Life」……もう一枚同じタイトルで作ろうと思って、それで完結する予定だった。だから最初のアルバムは、ジャケットには書いてないかもしれないけど、本当は『The Best Year of My Life “グリーン・アルバム”』って名前でね。後になってから“ブルー・アルバム”を出そうと思ってた。だから未完なんです、これ。
‘84年に出した「The Best Year of My Life」ってアルバムの時は、何曲かビデオも撮ってるんだ。ともかくこのアルバムの時は、もう何でもやっちまおうと思ってた。金も使いまくったしなあ(笑)
「夏の日」の時に、サンゴー・フィルム(35ミリのフィルム)を初めて使った。ちゃんとロケハンもして、思い出話もいっぱいあるんだ。自分たちの曲をビデオにする時、どんな演出にしようかっていうのはその人たちの好みだろうけど、俺は外国のとか見てて、ああいいなって思うのはマイケル・ジャクソンとポール・マッカートニーがやってる「セイ・セイ・セイ」とか、ああいう感じ。シュールなのとか、どうも好きじゃなくて。まあ、ピーター・ガブリエルほどしっかり作ってればそういうものでもいいけど……。
この時の撮影は1週間くらいやったのかな? カメラやってくれたのが、最近、ほら「MISHIMA」って映画も撮ったジョン・ベイリーって人だよ。その人がたまたま日本に帰って来て、それでやってもらったんだよ。
「グローイング・アップ」って映画があって、あんな感じの青春映画をやろうとか言ってさ、空港のシーンで成田とかもロケに行った。そうそう、確かロケは埼玉県の入間で始まったハズ。西川のりおも出て、のりおが「ヨーイ、スタート!」って言ってくれって言うから、そんな掛け声をカメラの横でかけたりしてね。でも、なんで西川のりおが出てくるのかというと、のりおのギャグで「冗談はよせ!」っていうのあったじゃない? あれがえれぇ気に入っててさ、どうしても入れたかったんだ。冗談入れてもいいでしょ?
ずっとオフコースはさ、タモリとかに暗い暗いって言われてきたんだしさ(笑)。だんだんそんなわけで曲が膨らんでって、8分半の長さになったんだけど。
「緑の日々」は、さらに長くなって11分ちょっとある。この時はさ、「ロッキー」と「天国から来たチャンピオン」を混ぜちゃったみたいなのやろうって言ってさ(笑)。仁(清水)にボクサーの役やらせて、ボクシング・ジムに1ヵ月半くらい通わせたんだ(笑)。俺はボクシングも好きでさ、やっぱりトレーナーの役は、エディ・タウンゼントさんしかないとかって、頼んで出てもらったり。
この時は北海道に行って、空撮とかもしたんだ。作ってると、なんか空撮も入れたくなっちゃう。そのうちだんだんスタッフもノッてきて、車がぶつかるスタント・シーンもやろうとかってことになって、そんなのも撮ったよ。この時は鉄矢(武田)にも頼んで出てもらったし。
このフィルム作ってる時は、いろいろラッキーがあった。ボクシング・ジムのシーンで、ロケ先がなかなか見つからなくてさ、探したら市ヶ谷に古いジムみたいなのがあって、最初はその表だけ使わせてもらおうと思ってたんだけど、話したら「どうせ来月取り壊す建物だから、中も使っていいよ」って。結局その中でジムのシーンを撮らせてもらえた。
この2本のフィルムで、映画撮影するのに近いことやって、ああ、こんな感じかっていうのはあったんだけどね。これが何本か集まれば、また予算もあれば映画になる、みたいな、ね。最後の「ふたりで生きている」って曲はね、あれ? これはどうして撮ったのかな? もともとこの曲はアルバムの締めにって作ったんだけど、今となっては判然としないなあ(笑)
FAR EAST CAFÉ PRESS 1995 May. 25th Vol.56
LOOKING BACK 小田和正 NHKサンデースペシャル
進行/インタビュアー:中村貴子(ラジオパーソナリティ)