僕からのリクエストの中に入っていた3曲でした。幾つかパターンを考えていましたが、とにかく小田さんご自身のお気持ちを優先したいと思っていたので。お話ししていくうち、すぐ、この3曲に絞られた覚えがあります。「ラブ・ストーリーは突然に」は、やっぱりレコーディングであのカッティングを弾いたギタリストの佐橋佳幸さんが日比谷音楽祭のハウスバンドであるThe Music Park Orchestra の一員だったという点も大きかったし、僕自身、日比谷音楽祭の実行委員長として、この国民的なヒット曲をお客さんにどうしても届けたいという思いが強くありました。自分としては、自信のあるセットリストでしたね。反対に、自信や組み立てが自分の中で見えなければ提案しない。
羽田スタジオで一時間くらいだったかと思います。今回は The Music“箱”の中から久しぶりに出てきた、アナログ・ボックスとはさほど関係ない話このたび光栄なことに、『KazumasaOda Original Album AnalogComplete Box』のライナーノーツを担当させて頂いた。その際、改めてアルバムを、順番に聴いてみた。音にまつわる記憶は曖昧であり、「あれっ、この曲、こんな感じだったっけ?」みたいなこともあった。逆にそれが、新鮮でもあったのだが。このボックスは、小田さん初のアナログBOX企画である。僕自身、これほど長く小田さんの原稿を書かせて頂くことになるなんて、まったく想像してなかった。 最初の原稿は、講談社の雑誌に書いたオフコースのライブ・レポートだ。幸いなことに、その原稿の出来映えは、“マシなほう”だったのだろう。だからこそ、ご縁も続いたのだと認識している。そもそも僕のような家業(フリーランスの物書き)は、長期契約を結んで何かをやる、みたいなこととは無縁だ。Park Orchestraでがっつりと準備をして小田さんをお迎えして、ある意味、「まな板の鯉」になっていただいた感じでした。「言葉にできない」は、小田さんの弾き語りで入りますから、リハではみんなが入ってくる辺りからやりました。
まさにそうでした。大衆の皆さんの曲ですからね。小田さん自身、僕に向かって、「自分で息吹を与えた表現がそれを超越したら、あとはもうみんなが歌って喜んでくれたらそれでいいんだよ、亀ちゃん。だから、アレンジも任せるよ」といったお話しをされていました。だから僕も、何と言うか、お客さんの勢い任せで期待するシンガロングでは駄目だ、と。ここで生半可なことをしたら十代の自分に顔向けできないぞ、と(笑)。そこで日比谷ブロードウェイの御三方とThe Music Park Orchestraのコーラスの小田原“ODY”友洋くんを交えて、ハモのパートもオリジナルレコーディングを尊重した形の振り分けを考えました。佐橋さんにもコーラスを頼もうとしたんですが、「ギターに集中したい」と言われました(笑)。だから、本番のMCで小田さんが「この歳になって、急に新しい仲間が出来たイメージ」と言ってくださったとき、もう本当に嬉しかったですね。